2017/4/30あのヒャッキン社長が100円のカラクリ公開SPです。4500店舗!あのヒャッキン社長が人生で大事なことは○○から学んだ!涙の夜逃げ!壮絶人生のプロフィール、世界で売れているランキング、ダイソー社長のモットーを紹介します!






ダイソー社長 100均カラクリ

4/30 (日)にダイソー社長 100均カラクリが明かされます!

「仕入れは格闘技」

とダイソー社長が言う、厳しい仕入れの様子にも密着取材をします!

さらには、普段から100円ショップユーザーだというつるの剛士が、社長と一緒に店舗を回って視察するVTRも紹介します。

・大量仕入れの薄利多売

大量に仕入れるからこそ、仕入れ値も安く済みます。辞書などがそうです。ちょっと常識では考えられないですが、100円でも製造元も利益があるのだとか。

番組で、ダイソー社長は

「1個、1円の利益があれば、1000万個売れば1000万の利益になる!」

っといっていました。徹底的な薄利多売の精神です!

・他店で売りにくくなった商品を仕入れる

他の販売店(スーパーなど)で売りにくくなった商品を激安で仕入れて売ったりしています。

・トータルで稼げる仕組み

ダイソーの商品のはもちろん、すべての商品が同じ仕入れ値ではありません。
中には仕入れ値が100円を超すものもあるそうなのですが、いろいろと購入をしてくれることで利益がでる仕組みになっています。

スーパーでの「目玉商品」と同じ発想ですね。

・円高時代にしこたま仕入れていた

ダイソーは円高時代に大量にしいれていた在庫がいまでもあって、利益をあげつづけています。

しかし、もちろん限りが当然あるので100円では売れなくなってくる商品もこれからは出てくることが予想されます。

・広告費の削減

一般のスーパーや小売店のような広告費をほとんど使っていないですね。




各国のダイソー、ランキング1位!

モンゴル  : アイスキャンディーを作る容器
外は寒くても家の中はかなり暖かいからなのだとか。

シンガポール: カイロ
*他の国に旅行へ行く時に寒いと困るから
他に手袋とか冬用の帽子も売れているのだとか

ブラジル : 弁当箱
*日系人が多いから

中国  : 赤い下着
中国の人は赤が好きですね~。

ダイソー社長、矢野博丈プロフィール

名前  : 矢野 博丈(やの ひろたけ)
旧名  : 栗原五郎
生年月日: 1943年4月19日(74歳)
出身地 : 広島県東広島市福富町
血液型 : B型
学歴  : 中央大学理工学部二部土木工学科卒業

父親は広島で高額所得者の常連だった医師。
5男として生れています。

そのことから元来の名前は
「栗原五郎」でした。

そのやぼったい名前がイヤだったので、学生結婚と同時に
改名をしたのです。

栗原という姓も矢野の方が覚えてもらいやすいと考えて
こちらも変えたのだそうです。

兄弟達は国立大学医学部に進学していて、
しかし、矢野博丈は私立大学の2部に進学しているので、少々劣等感を感じながら育ったのかもしれません。

大学を卒業後、妻の実家でハマチの養殖を手がけましたが経営に行き詰まり、3年で倒産、700万の借金を抱え妻と幼子を連れ夜逃げすることになったのでした。

 

その後、東京に出てちり紙交換や百科事典のセールスマンなど9回も職を転々としています。

1970年代初め、義兄のボウリング場を手伝うのに広島に戻ったのをきかけに始めた副業がトラックの移動販売の「矢野商店」だったのです。雑貨を扱っていました。

 

当時、29歳でした。

仕入れも会計も全て一人。いろんな場所に行っては並べてかたずけて。。。24時間まったく休むことができない状態でした。

子供を保育所に預けたりと、子育てにもいそがしかった。そこで、

もう面倒だ!っと

100円均一にした!!!

だって値段を決めたり貼ったりする時間がもったいなかったからなのです。戦略とかはまったく考えていなかった。

ダイソーのトレードマークとなった100円均一は、値札を付ける手間を省くためにしたことが切っ掛けとなったのです。

「仕方なし」

に始めた100円均一だったのだ。

1972年に大創産業の前身となる矢野商店を創業。87年に「100円SHOPダイソー」の店舗展開を開始。
1991年「100円SHOPダイソー」の最初の直営店を高松市に出店し、チェーン展開を本格化させていきます。

現在は
日本国内に3000店舗、海外に1500店舗を展開し、年商4000億円で業界ナンバーワンを維持し続けています!

ダイソー社長、矢野博丈の家族は?

ダイソー社長、矢野博丈さんは学生結婚です。

中央大学理工学部二部土木工学科卒業なので、奥さんも同じ学生さんだった可能性がありますが、詳しくはわかりません。

ただ、奥さんの実家が広島のハマチの養殖をしていたので同じ広島出身なので幼なじみだった可能性もあります。

子供は、ちょうど養殖のビジネスに失敗したころに男の子が生まれています。職業を転々としていた頃が、子供に手もかかるので一番大変だったでしょうね。




成功者なのに、ネガティブw

「潰れる恐怖で店をオシャレにした。」

「お客様にはすぐ飽きられるものです。
ずーっとずーっと恐くて、眠れなかったんですよ。」

「そもそもダイソーなんて底の浅い商売ですから。」

「私はどうしようもないただのオッサンです。」

「セリアには店でも商品でも負けた。」

「経営計画、戦略、そんなもんないです。目標ないです。」

これは、ダイソー社長、矢野博丈さんの言葉です。

このような危機感を持っていたからこそ、謙虚な精神があったからこそm競合も次々と参入して来た時にも

「持ち直すことが出来た」

のでしょう!適度な緊張感が成功の秘訣なのかもしれませんね。

 

「楽しさの中に楽しさはない。苦しみの中で、もがいてもがいて楽しみを
見つけることができる」

「生きるということは、大変なこと」

とダイソー社長はよく言うそうです。それが真実かもしれません。日々苦労をしているからこそ、たまの休日などがとても貴重で楽しく感じるものなのですね。

ただ、ダイソー社長、矢野博丈さんは経済団体に参加せず、経済誌のインタビューもほとんど受けないのでテレビに出演することもめったにないことのようです。だから今回のテレビ出演は貴重ですね。

矢野社長もなぜか番組中に泣き出してしまっていましたね。やはり、相当辛い体験をされたのでしょう。

○○から学んだ、キャスト

司会:所ジョージ
レギュラーパネラー:林修
ゲスト:平野ノラ、矢野博丈(ダイソー社長)
ゲストパネラー:薬丸裕英、春香クリスティーン、榊原郁恵、紅蘭
VTR出演:つるの剛士