2016/01/06ヒストリアでは「直虎」がテーマです!大河ドラマ「おんな城主 直虎」がスタート。直虎ってどんな人?なぜ女性なのに城主になったの?の疑問にヒストリアが答えていきます。直虎の城主の不思議を解き明かす浜松での取材も注目です!

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直虎ってどんな人?


今年の大河ドラマ「おんな城主 直虎」は、戦国時代さまざまな困難と戦って領地を守り、井伊家を次の世代へとつなぐ女城主の物語。しかし「そもそも井伊直虎ってどんな人?」って気になりますね!

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井伊直虎(いい なおとら)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての遠江井伊谷の女性領主。井伊直盛の娘。

遠江井伊谷城主(国人)の井伊直盛の娘として生れ、母は新野親矩の妹(祐椿尼)で、天文5年(1536年)前後に誕生したのではないかと推測されています。

室町幕府の衰えとともに日本全国を戦乱が覆っていた時代ですね。幼名などの記録は残っていないが、一人娘だったため可愛らしい名前で大切に育てられたことでしょう。

戦国時代は地方の国人領主にすぎなかった井伊家。しかしその後、徳川幕府でも屈指の大大名となり有名な大老・井伊直弼を世に出すことになります。




直虎はなぜ女性なのに城主になった?

今年の大河ドラマ「おんな城主 直虎」は、戦国時代さまざまな困難と戦って領地を守り、井伊家を次の世代へとつなぐ女城主の物語。しかし「どうして女性なのに城主になったの?」って気になりますよね!

ヒストリアでは井伊家の家紋をたどりながら番組が進行していきました。

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また、直虎は、22代当主・井伊直盛の娘で、親戚の井伊直親と直虎はは婚約していたのです。

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直虎の実家・井伊家は、静岡県浜松を本拠とした国衆でした。そして、直虎は、22代当主・井伊直盛の娘で、親戚の井伊直親と直虎はは婚約していたのです。

ところが井伊直親はある日突然いなくなってしまうのです。てっきり死んでしまったと勘違いした直虎は、龍潭寺で出家し、次郎法師(次郎と法師は井伊氏の2つの惣領名を繋ぎ合わせたもの)という出家名を名乗ります。

ここで井伊家の男性がことごとく亡くなってしまうという井伊家存続の危機を迎えることになってしまい、奮起をして直虎は城主になる決意をしたのです

直親&ひよの間に生まれた井伊直政(後の徳川四天王)の面倒を見たのが、おんな城主・直虎ということになります!

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やがて、井伊直政は徳川家康のもとで大出世して後に、彦根藩の藩祖となっていくのです。学校の歴史の教科書で必ず出てくる「安政の大獄」や「桜田門外の変」で有名な井伊直弼はその子孫にあたります。

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つまりは、
「井伊家の男が5歳の直政以外にすべて消えてしまったのです!!!」

直虎が「おんな城主」となるのはまさにこのタイミングだったのです。

直虎の母・祐椿尼(ゆうちんに)と南渓和尚が話し合って、次郎法師を女地頭とし、井伊直政の後見人とすることが決定したのでした。
次郎法師は還俗し、「井伊直虎」と名を変えて「女地頭」となったのです。※当時の「地頭」は「領主」の意